本年度から始まった猪熊研の月評企画では、学生が持ち回りで新建築・住宅特集の月評の執筆をしてきました。今回は、これまでgpzと題して新建築・住宅特集について議論を重ねてきた明治大学門脇研にお声がけ頂いたのをきっかけに2研究室が会した合同ゼミが行われました。
当日は、2022年1月から9月の新建築・住宅特集の掲載作品から、各研究室がそれぞれ事前に選出した3作品、計6作品について議論を重ね、作家性・社会性の観点からgpz賞の選定をしました。
本記事では、合同ゼミでの議論を踏まえた選出作品の講評および合同ゼミ全体についての講評を掲載しています。
houses
housesは、2つの家族が、それぞれ住まう2つの家のプロジェクトである。
2棟は、ほとんど同じ寸法の平面からなるボリュームである。そのボリュームたちの屋根の高さや開口部を相互作用的に操作することによって、空間が豊かに立ち上がっている。2棟が共有する路地がゆるやかな緊張感を持って住戸間の関係性をつくっていること、そして、建物の立面がまちとの関係をつなぎとめるような開口部を持っていることについて、現代らしいゆるい共同体が住まう空間のあり方として期待感を持った。また、2つの住戸のあいだで、住まい手と住まいの単純な占有関係を飛び越えたそれぞれの所有が飛び交っているようにも見える空間のよさについても言及したい。ルールや合理性だけでは説明ができない作家性がつくるこれからの社会におけるひとと空間の関係性が、私たちの大きな関心のひとつである。
修士1年 蕭瑜莉
PRISM Inn Ogu
建築の内部空間は特徴的な構造体によって構成される。一般の建物では、仕上げなどで隠されがちな大きな柱や梁を空間のエレメントとして受け入れ、空間は躯体により分節され、それらが人の場を作り出している。また、構造体が外周部から内側へ移ることで、コーナーが躯体から解放され、開放的で豊かな空間となっている。このような構造体と空間構成を兼ね備えた設計態度に共感した。一方、外観について、内部空間との関係が断ち切られていることや、現状閉鎖的な1階部分が仮にまちにひらいていたら、高架下のような新たな公共性となりうる可能性があることが議論された。
修士1年 角谷優太
椎葉邸
約100年住み継がれてきた住宅の改修計画である。母屋から枝分かれするように取り付けられた下屋が魅力的な内部空間と豊かな庭を取り込み、既存母家・新築の下屋・庭が融合するように建築の細部が丁寧に設計されている。また、下屋が新たなストラクチャーとして建物を補強すると同時に空間の連続性を生み出している。議論では建築形式の新規性について指摘があり、改修と新規性の両立の難しさを感じた。一方で、元来住宅が持つ公共的な空間性を建築的操作によって引き継いでいく過程の中で、新たな住空間の豊かさを獲得している点に改修の可能性を感じた。
修士1年 五十嵐美穂
春日台センターセンター t e c o
4つの福祉事業を中心としてコインランドリーやコロッケスタンドなどが大きな屋根の下一体となった複合施設である。約6年という歳月をかけ住民と対話しながら設計された本建築は、コンテクストからなる3つの土間通りと縁側が多様な機能を程よい距離感を保ちつつ地続きにつなげ、人と人が交じり合う場を演出している。公共性獲得のプロセスは、地域と建築を結びつける一つの指標になることが期待される。誰にとっても居心地の良さを与えられる点が作家性として捉えられ、多種多様な価値観が交錯する現代において、寛容な受け皿になっているのではないか。
修士1年 里吉佑麻
総評
猪熊研にとって、初めて他大学と合同ゼミを行った。今回は毎月新建築・住宅特集の月評として発表されている門脇研究室とともに、今年度の作品賞を選出する。新建築と住宅特集を読み、批評し、思考を深めること、そしてその選出の過程を通じて、門脇研と様々な議論を誘発し、その思考を共有することが大きな目的である。
2年目を迎えた猪熊研究室にとって、建築の見方を広げると同時に、研究室の在り方、すなわち”猪熊研らしさ”とは何かを探ること、これも合同ゼミの隠れた目的となる。
その点で言えば、門脇研がセレクトしたHIROPPA、Houses、海老名のアトリエ付きシェアハウスの3作品は、”門脇研らしさ”が凝縮されていた。
HIROPPAにおける誰しもが介入できる軽さを表現するオープンな構法、Housesにおける開口部の構法的側面から見る新たな作家性の在り方、海老名のアトリエ付きシェアハウスにおける複数人による若手の作家性の強さと社会性、といった論点は、建築作品を構法的な側面から捉えたものである。門脇研の学生たちが自身でも言っていた通り、構法的視点から幅広く建築を見ていることがわかる。これこそが”門脇研らしさ”である。
それに対し、猪熊研がセレクトした椎葉邸、PRISM Inn Ogu、春日台センターセンターの3作品からも、”猪熊研らしさ”が垣間見える結果となった。
椎葉邸における建築が街に開いていくリノベーションのプロセス、PRISM Inn Oguにおけるホテルというプログラムに対する形態的挑戦、春日台センターセンターにおける建築とプログラムの関係性が生み出す豊かな空間、といったことが論点に挙がった。
これらは、プログラムと建築の関係性が生み出す新規性や社会性という関心に着地することから、これが”猪熊研らしさ”と言えるのではないだろうか。
隠れた目標“猪熊研らしさ”を探ることが達成された合同ゼミとなったわけだが、今後の研究室活動の展望を述べて総評を締めようと思う。
まずは、”猪熊研らしさ”を踏まえた上で、活動の幅を広げていくべきだろう。来年度には3年目を迎え、今ある活動を広げることも新たな活動を始めることもできる中で、自覚的に活動を行えるかどうかは大きな分かれ道だと思う。こうした自覚的な活動の蓄積によって、猪熊研としての特色を生み出しつつ、そこに各個人の興味と学びが結びつくことができるだろう。
今後、研究室としての活動の幅を広げていくことで深みがある研究室活動が展開されることを期待している。
修士1年 加藤慧祥 葛西健介